日本語と女 寿岳章子

……漢字漢語文化というものは、いい面ばかり持っているのではない、かつて王朝時代の女たちは追い詰められた中からもっとも優れた文字を持ち得たという特異な世界は、逆に失われたと言えるかもしれない。しかし禁断の木の実は味わわれなければならない。漢字漢語の世界も同様であった。「建白の御返答なきはいかが」といういわば愚劣なスタイルを通過してはじめて、ほんとうに人間を表現することばとは何かという問題は、当事者として考えられてくる。男たちが権力の表現として使っていた、そんな世界はよしなさい、かなの世界に行ききりなさいという忠告は、漢字漢語を使っている人々が言ってみても何ほどの効果も発しない。歴史とは折れ曲がりながらしか進まないのだとは、ことばの世界を考えるだけでもしみじみと考えられるのである。(p.64)

岩波書店(197910)円◆8/10(金)@銀座教文館