清陰星雨  中井久夫 

  • あらためて考えてみると、中井久夫の本で買って持っているのは『カヴァフィス全詩』(八千円だったかの限定版。東武デパートの上にあった改築前の旭屋書店で買った)と、ギリシア詩のアンソロジーしかないようだ。ところで、中井久夫は歴史を知っている。なぜこれが貴重かというと、昔の日本はこうだったとか、こうではなかったとか、無知な年少者が知ったかぶりをするときに、こういうひとは自らの経験からそれを否定することができるからだ。現在が過去の影でしかないことをはっきり指摘することができるからだ。むろん、それは相対的に長く生きただけでは十分ではない。日本がアジアの中で例外的に言論が自由な国であることを中井が強調するのを読みながら、当時としては自然に頷けたはずのそうした状況が書かれてからわずか十年ほどのあいだに変質してきていることを感じる今、このことはますます貴重である。

  *みすず書房(200606)2625円◆6/9(金)銀座教文館